후루야마 고마오(古山高麗雄)와 조선
Furuyama Komao and Korea
- 일본어문학회
- 일본어문학
- 日本語文學 第46輯
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2009.08333 - 352 (20 pages)
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作家古山高麗雄は、日本の植民地であった朝鮮の新義州で生まれて中学を卒業するまで18年間、朝鮮で生活した。49歳に作家になった彼は、多くの作品の中で新義州と朝鮮について語って来た。本稿では、朝鮮を素材にした『小さな市街図』、『身世打令』、『プレオー8の夜明け』等の作品の中で古山が朝鮮と朝鮮人をどういうふうに描いているのか、また、新義州が故郷である彼にとって、朝鮮はどういう意味を持つかを考察してみた。 古山にとって新義州は、自分が生まれて育った懐かしい故郷では間違いないが、しかし、そこは故郷でもなく、他郷でもないのである。彼にとって朝鮮とは、原風景、原体験として郷愁を感じる対象であるかたわら、民族的な差別意識と支配者としての優越感を持たざるを得ない両面的な存在であった。 古山には、植民地時代についての自己剔抉や贖罪意識は全く見られない。ただ幼少年時代の思い出と関わる彼岸の故郷としての新義州に対して限りない郷愁のみ残っていると思われる。 作家古山高麗雄には、歴史と人間を見る通察力があまりにも欠けており、彼は、ただ表面的見える事実をありのまま書き並べる作家にすぎないというのが、筆者の結論である。
초록
1. 들어가는 말
2-1. 『작은 시가도(小さな市街図)』
2-2. 『잡거방 8호의 새벽(プレオー8の夜明け)』
2-3. 『신세타령(身世打令)』
3. 맺는 말
참고문헌
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