<生い立ち> 河亨柱は1962年6月3日韓國慶尙南道普州市にて父は河宗彦, 母は權賢順の間で生れた。この夫婦には2男2女があり, 父親は薬局を経営していた。河亨柱は國民學校へ進み他の少年と同じくシルム (韓國伝統の格技で日本の相撲とよく似ている。) に興じ, 後の柔道チャンピオンの素質を垣間みせた。その後柔道の魅力にひかれ, 柔道をはじめ高校生の時にすでに國家の代表選手に選ばれた。 <オリンピックにて金メダルを獲得> この頃の柔道はアジアはもちろん世界的にも日本の柔道選手の强さが群を抜いていた。河亨柱は東亞大學へ進み1年生の時(1981), オランダでの世界柔道選手權大會にて박종학が韓國初の金メダルを獲得した。そしてこの年の7月に開催された第4回アジア柔道選手權大會にて, ついに河亨柱は金メダルを獲得し名實ともに河亨柱の時代が到來した。その後1984年のフランスオープン國際大會にても金メダルを獲得し, 晴れの1984年第23回ロスアンゼルスオリンピックの大舞台にて堂々金メダルの栄誉に輝き韓國スポーツ界のスーパースターとなったのである。 <大學の敎壇に第2の人生を> オリンピック後も河亨柱は1986年第10回アジア大會に優勝, 1987年第14回世界柔道選手權大會準優勝と輝がしい記錄を打ち立てるが1989年4月に選手活動を引退した。現在は釜山東亞大學にて體育科助敎授として後進の指導, 育成に力を入れている。また釜山東大新洞に夫人長女とともに暮ちすよき夫でもある。 永遠の金メダリスト河亨柱こそ現代韓國が生んだ大きな栄誉である。
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