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학술저널

教育勅語に関する一考察

A Study on Imperial Rescript on Education

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本研究は、1890年に渙発された教育勅語の外部的要因である時代背景と、直接的契機となった内部的要因、そして、渙発当時において受け入れる側であった国民の教育勅語に対する認識を明らかにすることを目的としている。教育勅語が渙発された当時は、明治に入って間もなく、先進国入りを目指した政府によって欧化が進んでおり、国内は教育的混乱をきたしていた。このような国内状況では、教育指針となるものが必要であったが、これを利用し山県有朋を始めとする明治政府は、自由民権運動の活性化防止と、天皇を中心とする皇国概念を国民に植え付ける役割を教育勅語に託し渙発に至る。この教育勅語に対し国民は、一部欧化に深化した者を除いてそのまま受け入れることとなるが、時を追って次第に教育勅語の持つ皇国史観や忠君愛国の意に対し、反感を持つように変化していくのである。従って、戦前において天皇を絶対的な存在にした教育勅語は、当初から計画されたものではなく、社会的混乱から生じたものであり、渙発当初は国民もそれほど絶対的な指針として見ていなかったといえるだろう。

1. はじめに

2.教育勅語の外部的要因

3.教育勅語の内部的要因

4.教育勅語の認識

5. 結び

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