本稿は新聞連載小説から単行本へのメディア変化の意味を、視覚的イメージに焦点を置いて分析したのである。明治30年代、徳冨蘆花の小説`不如帰`は`国民新聞 に連載されてから、翌年、単行本に刊行された。こうしたメディアの転換は、「新小説」から「小説」へのジャンル転換の意味を孕むこととして、日本の近代「小説」への転変の一端を見せてくれるのである。特に、メディア転換の過程で意識された視覚的イメージの構成は、日本近代の挿絵をめぐる変化とかみ合ったことなのである。単行本の段階で夫婦愛という主題が浮上されたという先行研究に基づき、本稿では物語レベルの相違に相応しい書籍の物質に仕立てられた点に注目した。その結果、新聞連載小説の「新小説」イメージを脱却するための単行本の様々な変更の内実を迫ることができ、視覚的イメージと文字の再構成、書籍の意匠などにかなりの工夫がこらされたことが明らかにされた。特に、黒田清輝の口絵によって`小説不如帰 は同情の表象としてのイメージをより強化することによって、いわゆる「不如帰的センチメンタリズムの世界」がいっそう増幅されたのである。なお、新聞連載小説と書籍`小説不如帰_は、物語のジェンダ-編成から読者層の受容の仕方や読者層の感受性まで微妙に異る。こうした新聞連載小説と単行本の差異は、新聞連載小説の記憶を消去し、単行本に発端を置いた新しい起源の構築によって`不如帰 が受容されたことを物語っている。さらに、蘆花の自転的小説`富士`における記憶をめぐる問題、すなわち、題目をめぐる蘆花の回顧の視線や口絵を依頼する場面の「再現」という二つの記憶のずれから、忘却された起源に対する鄕愁や悔恨の矛盾や亀裂が読み取れることができた。
I. 서론
II. 신문연재소설에서 서적으로-문자·삽화의 재구성
III. 동정의 표상-권두화 성립
IV. 서적의 독서 풍경 - 묵독·자연·사랑
V. 제목을 회고하는 시선 - 망각된 기원에의 향수
VI. 맺음말
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