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학술저널

오규 소라이의 인간학

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本稿は、荻生徂徠(1666〜1728)の人間理解の問題を江戸思想史において持つ意味を明らかにしたものである。徂徠學は政治學と言われているように、政治的な視線において人間學も構築したところに大きな特徴がある。社会統合のために儒學の有効性に着目した徂徠は、社会共同体の維持と公的秩序の確立がなによりも最優先の課題であった。徂徠は気質の性を本然の性と見なし、多様性や個別性豊かな人間を認めた。そこには朱子學のように理として与えられている本善の性を回復すれば聖人になるという思惟は見られない。そして統一的社会を形成するために、すべての存在に必要な役割りを与えた。その人間に与えた役割りを天命と見なすことによって当為性を強調し、それによって社会の揺れを防ぐことができると考えたのである。しかし社会の分裂を防いで、社会文化の共同体を維持するためには、多様性豊かな社会を統一して、全体的な調和をもたらす力が必要になる。徂徠はこの力を聖人、即ち当代の君主に求めたのである。その君主に社会文化を統一できる制度の制定、即ち禮楽制度の制定を任務として求めた。それは君主という外部的強制力による人性の統制を想定していたことになるだろう。ところが、古代の聖人の時代に作為された禮楽制度は、歴史の変遷によって変わっていくので、時代に合う禮楽の制定が必要になる。従って各時代、時代に必要な禮楽を制定して、それを道徳の定型にするという論理が成立するのである。徂徠學が幕府中心の政治學と言われるのは、こうした性格があるからである。

Ⅰ. 들어가는 말

Ⅱ. 人性多類

Ⅲ. 以禮制心:신체의 규율

Ⅳ. 성인의 도에 물들다

Ⅴ. 수신의 메커니즘

Ⅵ. 상생의 인간학

Ⅶ. 맺음말

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