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학술저널

豊臣政權期에 있어서 자연재해와 대외관계

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本論文は1990年代以後、日本の歴史学で‘環境史’の研究が活発に進行している中で、‘戦争と自然災害’ ‘戦争と環境’というテーマで豊臣政権期に発生した自然災害(地震と水害)が対外関係、特に朝鮮侵略(壬辰丁酉倭亂)とどのような関わりを持っているのかについて考察した。 その結果、豊臣政権の初期に現れた水害と地震が対内外的な政治状況に影響を及ぼしたことはあまりみられない。特に当時の人々の間で洪水、風害という災害は振り返して発生するものとして認識したので、ある程度こうした災害に対応し、また防止することに努めたのである。地震の場合も ‘天正地震’と呼ばれる大地震があったが、発生した地域は、三河と東海、北陸、美濃、尾張、伊勢、近江など政治権力の中心地であった京都、大坂地域とは距離があったので政治的に大きな影響を与えなかった。一方、豊臣政権の後期に発生した水害と地震の被害は初期とは異なり、京都という政治のシンボルで中央政治の中心地域で発生したので、この災害の影響は大きかった。特に伏見で起きた地震は秀吉に政治的な危機意識を一層感じさせたのである。なぜならな当時の人々は大地震が発生すれば兵乱が起きる可能性が高くなり、また為政者の権力構造に変化がおこりやすいことと地震発生を理解したからである。本論文では豊臣政権期の水害と地震発生という自然災害が ‘秀次事件’と ‘秀吉の病死風文’、‘日明講和交涉の破綻’という対内外的な状況と絡み合って人心の動揺や反乱の兆し、社会混乱などを吹き起こしたことに注目した。こうした状況で秀吉が今まで総動員して敢行してきた侵略戦争が水泡に帰し、国内の情勢さえも不安な状態になると、自分の率いる政権を維持するため、またほかの突破口をさがすため朝鮮を再び攻撃した点を明らかにしたのである。

1. 들어가며

2. 도요토미 정권 초기(1585~1594)의 수해·지진 발생 규모 및 피해

3. 도요토미 정권 후기(1595~1598)의 수해·지진 발생 규모 및 피해

4. 수해와 지진발생 전후의 국내외 상황

5. 나오며

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