학술저널
芭蕉の「荘子」受用における杜甫の役割を實證の方法で考察し、同じ表現技 法によって書かれた作品を比較してそれぞれの特徴を檢討してみました。その受用は 自然觀、自得․自適という二つの面に大きく分けられます。 芭蕉には19才の時に俳諧に入り、貞門から談林を終えて俳諧の世界において、 ある程度の位置を築きましたが、貞門談林の言語の遊戯に限界を感じ、俳諧の新しい方向を模索するための深川の芭蕉庵での隠遁生活をすることになります。その後、芭蕉庵の荘子と禅の合体に考えを巡らすこととなりました。兩者のこの方面の作品を比較してみると、二人とも荘子の主張した「自得․自適」の世界にあこがれていて、「自得」を生き物の世界の理として追求しました。しかし、杜甫は動亂の社會を生きていますから、自然界のものが安んじるような環境を持つ人間社會を望みました。それに對して、芭蕉が、人生の理を探索する立場に立って、「自得」を求めたのは杜甫と一致しますが、自分の俳句を最高の境地に高めるために、自ら「自得」の境地に入ろうと努力しました。芭蕉の「自得」は彼の風雅を追求する精神と關わっています。 また、芭蕉という詩人が、自然を題材にした日本の伝統的詩人達の中で特別な位置を占めているのは、自然を独立した存在として宇宙造化まで認識させた点のためです。
Ⅰ. 序論
Ⅱ. 荘子의 生涯와 時代相
Ⅲ. 莊子의 「無爲自然觀」受用에 있어 芭蕉와 杜甫
Ⅳ. 莊子의 「自得․自適」受用에 있어서 芭蕉와 杜甫
Ⅴ. 結論
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