本硏究では、芭蕉と杜甫との禅思想の受用における影響関係に対して考察した。芭蕉は俳諧の新しい方向を摸索するための深川の芭蕉庵での隱遁生活をすることになる。その後、根本寺の佛頂禪師に出會って禪に深い関心をもっていた。芭蕉、杜甫ともに禅を信仰し、共通点も多い。もちろん二人の宗教が禅に限られたものではないが、禅と関係が深い。杜甫は自らがかつて「身許双峰寺、門求七祖禅」で、仏門に入らないことは「未能割妻子」と言ったのに比べ、芭蕉は「一たびは仏籬祖室の扉に入らむとせしも」と告白した。また二人の作品の中には、僧友との親交を描写したものもあり、禅的に観照したものも多くある。芭蕉や杜甫は禅学に愛情を抱きながらも、出家せずに始終詩人の道を歩み、詩禅一致の境地に到逹した。他の点は杜甫の方は、儒教․荘子․禅という三教に関心を持った。一方芭蕉の方は、主に荘子と禅の影響が大きかった。また作品の中でも杜甫は自身と禅との関係に対してよく言及したけれど、芭蕉は何の言及もしなかった。芭蕉は、杜詩<遊龍門奉先寺>とその注釋を下敷きにして、『鹿島紀行』の結びの一節と 寺に寝てまこと顔なる月見かな」、「月はやし梢は雨を持ちながら」を書いた。「寺に寝てまこと顔なる月見かな」は<遊龍門奉先寺>の第一․二․四句と構想․題材において、濃密に関わって いるのみならず、表された靜寂な禪的な境地は<遊龍門奉先寺>雰圍氣のそれと同じである。「月はやし」句は寫實の手法によって、雨後、月光を浴び、雨氣を含む林の様子を描寫しており、これは<遊龍門奉先寺>の四句「月林散淸影」の表現手法と同樣である。
Ⅰ. 序論
Ⅱ. 芭蕉의 禪思想 受用과 杜甫
Ⅲ. 結論
■ 參考文獻
■ 日文抄錄
(0)
(0)