학술저널
『枯野抄』における主人公を弟子たちとせず、一人淋しく生涯を送った芭蕉におく見方が大きな課題である。心理的ㆍ感情的反応の割方にいかにも芥川らしい遊びが目立っていることが限界点になろうと思われるが、その主題と限界点について考察してみた。芥川は師と別れる門弟のエゴイズムを鋭く追求しているとともに枯野に窮死する芭蕉の孤独に芥川自信の投影を見るものであった。そして、その限界点としては、芥川は自己の発見した人間の不幸をただ技術的にのみ処理したことをあげることがあげよう。だから、心理によっては解釈のつかない空白化した謎のようなものを見ていた気がすることはしかたない。作者の冴えによっていかにも鋭く描写されたとはいえ、それは本当の人間性としての我々を動かすだけの力ではないのではないか。
〈要旨〉
Ⅰ. はじめに
Ⅱ. 主題とからんでの問題点
Ⅲ. 作品の限界点及び批判
Ⅳ. むすびに
【参考文献】
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