日中共同声明、様々な経済‧ 実務協定、そして日中平和友好条約など、1970年代の日中関係は宿願の関係正常化の一途を辿った。そのプロセスの中でとりわけ際立ったのは日本政府、政界、経済界、そして国民世論を横断する急速な『中国傾斜』であった。しかしながら、既存研究は、米中接近といった国際環境要因、日中間の外交交渉などに主な関心をもち、中国傾斜をもたらした国内政治的要因、内閣ごとの中国政策の変容、そして国内の諸アクター間の関係について十分考慮しなかった。本論文では、前述の共同声明、諸経済協定、そして平和友好条約の事例を分析し、田中角栄、三木武夫、そして福田赳夫内閣における中国政策のあり方を明らかにしたい。結論からいうと、1970年代における自民党政権の中国政策は、戦後外交の根本的な転換というよりは、従来の中国問題についての政策運営方式が中国に応用‧ 適用された側面が非常に強かった。そしてその具体的な政策運営を規定したのは、他ならぬ国内政治であった。政府内政策決定の官僚的適応、与党内における親中派と親台湾派の対決、そして野党、経済界、国民世論に跨る幅広い中国ブームがそれである。その結果、この時期の中国政策というのは、新しい政策目標やビジョンを打ち出さず、対米自主外交への願望、対中経済関係への期待、反軍国主義感情などの受け皿と化したのである。
Abstract
Ⅰ. 들어가는 말
Ⅱ. 관계정상화와 자민당 정권의 중국정책
Ⅲ. 일본의 중국접근과 현상유지적 대외정책 간의 함수
Ⅳ. 맺는 말
참고문헌
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