
本稿は、6·25戦争に突入していた時期の日本を舞台に失敗した革命組織を描いた、安部公房の長編小説 『飢餓同盟』を中心に、1950年代初頭の日本という地政学的位置における排除の論理を分析対象とする。先ず、「ひもじい」という言葉の機能を確認することから分析をはじめる。「飢餓同盟」という組織は、「よそ者」として差別され、抑圧されてきた人たちで構成されているが、組織のリーダである花井の独断により、織木の身体は革命のための機械化する。人間の身体に対する支配の問題を考察する作業を通して、権力の内面化としてのルサンチマンからなる奴隷道徳のシステムの機能を確認することができるだろう。表面上は非軍事化が唱えられながらも、アメリカの基地化6·25戦争に荷担していった日本の混沌した状況を、テクスト内の革命組織の表象に照らし合わせながら分析を進める過程で、父の名という問題が排除の論理に深く関わっている様相を明確にすることを試みる。
Abstract
1. はじめに;「旗餓同盟」における文体の問題
2. 変形した身体と第三項排除
;ひもじい―境界線外のよそものという意識
3. 花園の権力構図と飢餓同盟の革命論
4. 機械化した身体が語る権力の内面化とルサンチマン (Ressentiment)
5. 父の名の排除について
6. おわりに;革命の時代と1950年代の日本
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