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학술저널

근대이행기 일본의 官撰地圖로 본 영토인식 변화에 대한 고찰

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本稿は江戸時代から明治時代に至るまでの日本の官撰地図を素材にして、日本の領土認識の変化を前近代の「三島領土観」の崩壊と「四島領土観」の定着という観点から糾明したものである。その論点を要約すれば、第一は、江戸幕府が製作した17-18世紀の官撰地図(「寛永日本図」ㆍ「正保日本図」ㆍ「元禄日本図」ㆍ「享保日本図」)に見える領土認識は、基本的に九州ㆍ四国ㆍ本州及びそれらの附属島嶼という「三島領土観」に基づいていたが、次第に蝦夷地を含めた「四島領土観」へと変化する過渡期的な位置を占めているということである。第二は、伊能忠敬の「伊能図」は日本最初の実測地図でもあるが、この地図の製作によって、18世紀から日本には蝦夷地(現、北海道)が含まれた「四島領土観」が出現し、これによって伝統的な「三島領土観」は崩壊しはじめたということであり、第三は、江戸幕府最後の地図として1867年に刊行された「官板実測日本地図」は「伊能図」と共に日本の「三島領土観」の崩壊に終止符を打った地図であって、特に日本の領土膨脹と紛争の序曲のような地図であったと評価できる。第四は、江戸幕府の崩壊とともに前近代の領土認識としての「三島領土観」は、明治政府の成立と共に「四島領土観」に変化し、これに伴って前近代の地図とは完全に異なる新しい形式の地図が製作され始めたという点である。換言すれば、近代以後の日本は地図に、中央には九州ㆍ四国ㆍ本州、上段には北海道と千島列島、下段には琉球列島を位置させることで、九州ㆍ四国ㆍ本州ㆍ北海道及びこれら附属島嶼の膨張を基盤にした「四島領土観」を強化させて行ったのである。

Abstract

Ⅰ. 序論

Ⅱ. 17-18세기 官撰地圖와 ‘三島領土觀’

Ⅲ. 19세기 「伊能圖」와 ‘三島領土觀’의 붕괴

Ⅳ. 메이지(明治)시대 ‘四島領土觀’의 정착

Ⅴ. 結論

참고문헌

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