『文の栞』(安永七(1778)年刊行)には、『蜻蛉日記』の「初瀬詣(初度)」「唐 崎祓」「石山詣」の本文一部が収められている。『群書一覧』では「撰者の名をあらはさず、新発意明阿弥陀佛序あり。」と記すように、撰者の名が記されていない。しかし、『古典籍総合目録』で「著者(山岡浚明)編」と書くのは、おそらく新発意明阿弥陀佛〈=山岡浚明〉の序文を有しているからであろう。 山岡浚明は東海大学附属図書館蔵桃園文庫本『蜻蛉日記』の版本にある萩 原宗固の自筆書入を用い、それに自説を加える形で、静嘉堂文庫蔵『蜻蛉日記』宝暦板本に詳細な自筆書入を残している。従って、「若冲重好系統とともに江戸時代における本日記研究史上の二大系統の根源となった。」と評価されているように、本日記の本文研究に多大な貢献をしている人物である。 本稿では近世における『蜻蛉日記』注釈書の影響関係と、『文の栞』の成立 事情について考察するため、『文の栞』の日記本文と、静嘉堂文庫蔵『蜻蛉日記』板本とを比較してみた。結果、『文の栞』は山岡浚明の自筆書入を参考にして成立したことが確認された。 にもかかわらず、『文の栞』に収められている日記本文には、本文欠陥お よび本文脫落などが多く存在するという事実には疑問が残る。結果として、山岡浚明は序文を記すことに止まり、作品の編纂作業には関与していなかったと推測される。
일본어요약
一. 들어가며
二. 『文の栞』와 山岡浚明書入『蜻蛉日記』宝暦板本
三. 『文の栞』의 日記本文 脫落
四. 나오며
参考文献
(0)
(0)