ティアスポラ、特に女性ティアスポラにとって移住社会における適応と経済的な困難はより大きな制約と義務感として担われていた。事例として取り上げた二人の女性の人生に影響を及ぼした要素は国家の政策や社会的な環境、そして家庭環境や経済的な与件などがある。閉鎖的な民族主義で徹底した同和主義施策を行っている日本で生まれ育った李良枝とマイノリティの文化を尊重する中国で生まれ育って、国家の支援で教育を受け、大学の教授にまでなった沈恵淑の国家や母国に対する考え方が異なるのは当然である。 李良枝のティアスポラとしてのアイデンティティを求めた放浪は日本と 母国である韓国、両国をあるがままに受け入れることで完結する。両国のどこにも完全に受け入れられないで周辺人として立ち迷っていたノマード的な存在が両国の間に存在するハイブリッド的な存在として自分のアイデンティティを表明するに至ったのである。沈恵淑は母国訪問や海外での母国人との出会いでむしろ母国の文化を守り、母国語を自由に駆使出来るような政策を行った中国に信頼と感謝を感じるようになる。国家の政策や社会的な雰囲気は居住国に対する認識や所属感のみならずティアスポラとしてのアイデンティティ形成にも影響を及ぼす。
일본어요약
Ⅰ. 서론
Ⅱ. 재일한인여성, 이양지
Ⅲ. 재중한인여성, 심혜숙
Ⅳ. 결론
참고문헌
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