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학술저널

「私」から「私ら」への集結

A Phalanx from “I” to “We”: About Kenzaburō Ōe's Latest Novel, In Late Style

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二〇一三年一〇月二四日、大江健三郎の新しい長編小説晩年様式集が講談社に よって出版された。この作品は大江健三郎の分身である長江古義人を主人公とする第 六作である。 晩年様式集は従来の大江作品における一人称の書き手=語り手の手法を取り入れ る上、小説、手紙、対談、インタビュウー、詩など「多声的、多文体的な、地の文と会 話文とを重層的に相互乗り入れさせる」断片の集合形式を取っている。この上、「私」の 語りの進行とともに、「三人の女たちによる別の話」を並行させ、テクスト全体が「私」に よって、統合されることでなく、逆にそれらの発話は何人かの主人公(古義人、古義人 の妹であるアサ、妻千樫、娘真木、ギー兄さんの息子ギー․ジュニア)に分担され、多く の場合互いに肯定したり、否定したり、衝突したりする。ということから見ると、晩年 様式集における「私」は前の五部作より、もっと複数化․複雑化されている。この小説 がどのジャンルに位置づけることができるか、古義人の「私」がどんな特徴を持っている か、なぜ「最後の小説」でこのような手法をとったかというような質問を常に意識させら れることになる。だから、これらの質問を下ベースにして、本論文はまず、私小説の方 法を分析しながら、晩年様式集の「私」の特徴を明らかにする。そして、「三人の女た ちによる」「私」の拡散と集約という点に重点をおいて、晩年様式集の「私」は分散、解体、散乱するのでなく、「私ら」という集合体に集約するという特徴を析出しようと思 う。最後に、「3․11」のという世界的なカタストロフィイーを境にして、このような「私」 を作り出す原因も分析したいと思う。

Ⅰ.序論

Ⅱ.「書く私」と「書かれる私」の変容

Ⅲ.「三人の女たち」による「私」の拡散

Ⅳ.「私」から「私ら」への集結

Ⅴ.結び

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