藤原鎌足(六一四―六六九)に始まる日本隨一の貴族であった藤原氏の本流は、平安時代末期に至って家系が二分します。その一つが近衞家で、代々、攝政ㆍ關白の職を繼承することが許された家柄の筆頭を占めました。以來、近衞家は綿々と續いて現在、三十一代に至っています。近衞家には長年守り傳えた十數萬點にも及ぶ古文書ㆍ古記録ㆍ古典籍ㆍ古美術工藝品があります。これを一括して保存管理する特殊な歴史資料館が京都にある陽明文庫です。陽明文庫の豐富な資料群にあって、漢籍も質ㆍ量ともに誇る所藏が見られます。陽明文庫の漢籍は、室町時代以後に入藏されたもので、おおよそ二つの藏書群になっています。一つは主として室町時代から江戸時代初期にかけての中世漢學と關わりのある古版本ㆍ古寫本です。もう一つは江戸時代中期、第二十一代當主の近衞家凞(一六六七―一七三六)の蒐集にかかり、彼の學藝と結びついた漢籍です。これらの中には、世界中にたった一つだけ陽明文庫に存在する「天下の孤本」や、中國では傳來を絶って日本にのみ遺る「佚存書」も少なくなく、國書の優品の収藏で名高い當文庫は、また日本有数の漢籍善本の所蔵機関です。本論は、その中の注目すべき蔵本を取り上げ、各本の特色を明らかにして解説を加えたものです。